新人の教師研修などに利用している教材の一部です。
色々な塾が教師研修を行う際の教材としてS&Sセミナーが提供したものです。

現場で使える実践的授業スキルを考えるときいくつかの前提があります。
(イ)授業での問題解決主体を教師ではなく生徒に移す。
(ロ)授業効率の最大化を目指す。
(ハ)どこでつまずくかは生徒が知っている。
(ニ)どこまで理解したかの判断は教師の責任。
以上の視点から実践的授業スキルを11点取り上げます。

(スキル1)「『言え!』システム」(全科目)

車の助手席で5回通っても覚えられない道が、運転席で実際に運転すれば1回か2回で完璧に覚えられたりします。助手席では道順の覚え方で多少のあいまいさは許容されますが、運転する人には「あいまいさを許さない最終判断」が求められるからです。自ら経験する、部分ではなく全体に責任を負う状況で、人は格段の力を発揮するわけです。この「自分で運転すれば道順は効率よく覚えられる」考え方を授業に応用したのが「言え!」システムです。
一定のまとまった内容で、覚えるべき内容や、考え方のKeyになる事柄について二人ペアになり、先に指された方から何も見ないで「言う(説明する)」わけである。きく相手も相手の「言う」内容が正しいかどうか、本やまとめの指示された該当箇所をみながらチェックします。生徒はあるまった内容を自ら言う場合、はじめはまる暗記で行おうとしがちです。しかしそのような暗記では負担が大きいため、自分の中の(自己回路の)既知内容と結びつけ論理的に秩序立てたり、イメージ化して「楽」をしようとします。教師側もその既知の回路と結びつきやすいように、またイメージ化しやすいように「言え」の内容を提供します。「言え!」によって生徒の自己回路を一回通すわけです。
トヨタの張社長は言った、「百聞は一見にしかず、百見は一行にしかず」と。「聞くこと」より「見ること」、「見ること」より「体験すること」の方が得られる情報量がケタ違いに多いことを考えれば当然の指摘でしょう。「言え」を行うことは学習内容を自己の回路で体験することです。その効果はその場で直ちに実感できる程絶大です。生徒の回路のどの部分がどのように動員されているかは最終的には「ブラックボックス」ですが、それぞれの生徒が一回きちんと自己回路を通したか、言葉の丸暗記で処理しようとしているかは判断できます。生徒の「て、に、を、は」の使い方、言い方を観察すれば直ちに判別できます。丸暗記で、すなわち自分の頭で再構成していない場合は、文脈や助詞の使い方がおかしくなったり、早口で言おうとしたりします。「丸暗記型」の生徒には再度「イメージしながらゆっくり言ってごらん。暗記はすぐぬけちやうよ。」と説明する必要があるし、早く終わったペアーには第二ラウンド(「言え!」をくり返すこと)もやるように指示しておきます。ただし「やや進んだ子」が丸暗記でスラスラ早口で正確に言う場合があります。その際は「速くということは意識しないで、自分に対して言いきかせる感じでゆっくり言うようにして」と指示します。「相手(この場合は自分)」にいいきかせることを意識すると丸暗記型をくずすことができます。
「言え!」は通常1時間授業で三回以上行われます。この際重要なことは「言え!」の内容はしぼりこまれた、覚えておく必要のあるもので、可能であればイメージ化の加工がなされたものであるべきだということです。

(事例)中3の後半で一応3年分の内容終了した段階での入試向けの数学の授業。長さを求める問題。

(実況中継)
「ようし、ABの長さだすよ。長さといえば合い言葉は?」『相似と三平方』「すごい、長さの出し方として使える手段としては中学校では相似と三平方しか習っていないからね。じゃー、ついでに長さの等しいことの証明といわれたら?何を使う?」『合同と二等辺三角形』「いいね。先生方が一見スラスラ解けるように見えるのは、大人の秘密があるからなんだね。つまり、長さを求めよといわれたら、ゼロから考えるのではなく、相似と三平方のどちらを使うのかなと考えているわけだ。無前提に考えるとすれば君達の方がずっとできると思うよ。大人は最初からヒント付きで考えているわけだ。じゃーこのコツを覚えちゃおう。「言え」やるよ。長さを求める場合は相似と三平方、長さの等しいことの証明は合同と二等辺三角形を考える。早口で言ってもえらくはないよ。ゆっくり自分にいいきかせるように言って。言え!」『言え!〈相手を指しながら〉』以下省略

(スキル2)「文は口先で読むな!」(全科)

ほぼ100%の生徒は問題文や、解説を読む際「内容の理解より、読みのうまさ」を優先して、スラスラとよどみなく読もうとします。読み終わった後「何が書いてあった?」と尋ねてみると面白い。教師が想像する以上に内容は残っていないものです。読み方の質を変えるために次のように指示します。「読むときは内容を理解しながら、〈可能な場合は情報をイメージしながら〉ゆっくり読むんだよ。自分の体に中味をしみこませるような感じで読んで。早くスラスラ読んでも意味ないからね。読み終わった後、本文みないで大体の内容言ってもらうからね。じゃーA君読んで」
読み方を観察すれば、中味を把握しながら読もうとしているのか、読むために読んでいるのかは一目瞭然であり、特別な観察眼は必要ありません。判別しようという意識が教師側にあるかどうかです。
数学や理科の場合は問題文を読みながら、重要部分をマルで囲むことと、図がある場合は図の中に条件をすべて書きこむ作業を行ないます。このような読み方は問題解決にとって効率の良いものですから、生徒自身も「得する」と感じるようになります。従ってその読み方の定着は比較的容易です。

(スキル3)「授業に空白をつくらない工夫」(全科)

最近は「指示待ち」の子供が多い。指示されるまでテキストを出さない子もいます。教師側の十分な配慮がないと、授業に空白をつくることになります。授業では個々の生徒にとって指示された課題のない時間を、一瞬でもつくるべきではありません。これは授業効率の点でも、全員の緊張を維持する上でも重要です。空白とは生徒にとって課題のはっきりしない時間、生徒にとってなにをしていいか分らない時間です。空白をつくらない対処は以下の通りです。

(1)「数学や理科の文章題を解く際、生徒が読み終えるまでに教師は黒板に図や条件をすべて書き終えること」
どうしても書き終わらない場合には生徒に話しかけながら(「ここは5cmだよね。点Pの速さは毎分2cmだよね・・・」)、見せながら書きこんでいく。やってはいけないことは、生徒が読み終えているのに、教師が生徒に背を向けて黙々と板書している状態である。その時間は生徒にとって指示された課題のない空白時間となってしまう。

(2)「その場でやらせる練習問題は必ず予備の問題も指示する」
練習問題の消化時間は生徒によって異なる。従ってどこで一斉授業に戻るかの
判断が重要となる。(1)~(3)の練習問題をやらせる必要のある場合は(1)~(3)以外に(8)(9)(10)も可能な人はやるように指示すべきである。(8)(9)(10)が(1)~(3)と同一レベルか、次の課題としてのやや上のランクかはクラスの状況によって判断する。教師は練習問題をやらせている間C層のそばにいって実質上一緒に解いていく事になります。B,C層の子が(1)~(3)にめどがたった段階で(必ずしも終わってなくてもよい)「やめ」といって、 黒板で一緒に解き方を確認する。進んだ子のみが取りくんでいる(8)(9)(10)も終わっている分だけ一緒に解きます。

(3)「静かにしなさいという言葉は使わない」
生徒が授業に集中しなくなるには通常プロセスがあり、。まず授業に集中しなくなり、次に授業内容と関係のないこと(いたずら書き、よそ見、シャーペン回し・・・)をやり始めます。次に他の人にも話しかけて自分以外の人もまきこむようになる。
対処は初期消火が効果的である。火は広がらないうちに消すのが最も良い消火方法であるといわれます。また、一部の生徒が授業に集中していないということは、常に全体を見渡す習慣のある教師にはすぐわかるものです。
生徒に背中を見せたり、一方的授業を行う先生の場合は、生徒の状態への関心が稀薄になりがちなため、初期消火が困難となります。初期消火の仕方は、授業に集中できなくなった生徒に対しては、早い段階で質問をすることです。そして質問自体(解答ではない)がわからない場合,即ち質問を聞いていない場合は、しばらく立って(緊張感維持のため)授業をうけてもらう。
勿論、この立たせるという指示をする前提には、「授業がわからないのは先生の責任、授業をきいていないのは生徒の責任」という生徒と教師の共通認識が必要です。それは「授業内容について意見があれば何でも言って下さい、又内容がわからなければ補習してでもわかるようにしますよ、その代わり授業にはきちんと集中しなさいよ」という教師と生徒との約束である。これは優しさと厳しさの両立である。
集中していない人に対しては、「静かに」「うるさい」など先のイメージと結びつかない、後ろ向きの言葉は極力使わず、質問や、具体的指示を行うべきである。

(4)「いつもキョロ、キョロする!」
気をぬく癖のある子はいるものである。そのような生徒は現在あてられている生徒以外の生徒のなかにいるわけですから、ある生徒があてられている時、教師の目はその子以外の子を注視しなければなりません。教師によっては現在あてられている子に意識が集中して、ほかの子への気配りがおろそかになってしまう場合があります。当てられていない生徒の状況把握に少なくとも60%の意識が向けられなければなりません。教師は生徒が答えている時、読んでいる時、キョロ、キョロするものです。

(5)本章の(スキル7)「授業の目的によって指名の順序は変わる」の利用により「分からない子」「退屈な子」をださないようにする。

(スキル4)「英語の長文問題攻略の工夫」

英語の長文読解問題の解き方は次の手順で行う。
(1)下に単語の注がないかどうかみる。
(2)本文の重要部分にマルをつけながら読む。
その際文章にはマルをつけない。
Bob is thirteen years old.
ならBobとthirteenに別々にマルをつける。
(3)問いに関係する文をさがす際にマルをつけた語句をたよりにさがす。文をもう1度最初
から訳す必要はなくなる。
英文を何回も和訳しなくてもよいので、問いに関連する英文をさがす時間が大幅に短縮される。やってみるとわかりますが、30くらいのマルがついても、問いに関連する英文を探すのに2分前後しかかかりません。また文全体にマルをつけると、文の和訳をやることになり、時間がかかるので厳禁である。

(スキル5)「日本の県名の覚え方」

右脳活用の一例で、ちょっとした工夫で大きな成果が得られます。 イメージ化(右脳的処理)を活用して県名を覚えていく。県を地方ごとに手の平で前方の空間に場所を指しながら声に出して覚えていく。東北地方なら青森→秋田→岩手→山形→宮城→福島というように、はじめは見本をみながら、練習の後はみないで指せるようにする。近畿なら奈良→和歌山→三重→滋賀→京都→兵庫→大阪という具合に線を描けるようにして指しながら覚えていく。2人ペアで1人づつ言ってチェックし合うようにする。(スキル1の「言え」参照)
効果は絶大である。第一に覚えやすくて忘れにくい、第二に生徒が退屈せず、楽しい雰囲気でとりくめる。通常20分くらいで日本全体を終えることができます。実は私自身地理はあまり興味がなく、日本の県名と場所はこの方法ではじめて安定した知識となりました。

(スキル6)「英単語の覚え方」

英語の単語は次の手順で覚えていきます。(3)の自己テストがポイントです。
(1)単語帳作り(新出だけでなく本文の中のあやしい単語をすべて書きぬく)
(2)一緒に読み(発音)練習〈読めなければスペルの見当はつかない〉
(3)英単語自己テスト(これは基本的には自分で家での宿題として行う)
(手順)
(イ)わからない単語を2~3回書く(後で自分でテストを行うので選び方は本人にまかせる)
(ロ)日本語をみて、英語部分をかくしてノートにテストする。
(ハ)答合わせをして正解の場合日本語部分にマルをつける。まちがいは無印となる。
(ニ)まちがいのみ3回練習
(ホ)まちがいのみ再テスト、正解なら△、まちがいは無印
(ヘ)(ホ)で更にまちがえた単語のみ3回練習。以下(ホ)(ヘ)をまちがいがなくなるまでくり返す。
(効果)
単語は個人によって覚えやすい単語と覚えにいくい単語があるものです。一律に10回練習等という指示は非効率です。10回練習しても覚えられない単語もあれば、練習しなくても覚えられる単語もあるわけです。従って覚えているかいないかの区分けを早期に自己テストとして行うべきである。覚えていない単語をハッキリさせてそれを集中的に練習し、テスト形式で正解するまでくり返すことになります。まちがいを3回練習することで終わってはいけません。自己テストの意義は次の通りです。
(1)まちがいのみをくり返し練習できるので効率的である。
(2)テスト形式で正解までくり返すので全ての単語について、みないで書けるという共通の定着レベルにまでもっていくことができる。通常はこの自己テストを2~3回試験までにくり返すこととなる。
(3)テストで正解しなければ終わらないため緊張感を持続することができる。「すべての単語を10回練習」などの作業では非効率であるばかりでなく、単調なくり返しで退屈してしまう。漢字も同様にして覚えられる。

(スキル7)「授業の目的によって指名と順序は変わる」

(注意 生徒の中ですすんだ層をA,中間層をB,やや遅れた層をCとする。)

指名は基本的にB層→C層となる。B層への定着過程をC層にみせてC層の定着に入ります。但し比較的理解しやすい内容の場合はC層への定着を一気に行い、B層、C層分は省略するということもある。
B層から入る理由は、第一にA層の確認から始めると、B層C層への追加確認が必要になること、第二にC層からは、はじめは正答がえられる可能性が低いのでB層への定着を一回見せたほうが効率もよく、B層も退屈しないこと、第三にB層に分類される割合が多いこと。
B、C層への定着作業の時のA層の役割は、関連質問への解答役である。誤答した人が答の前提となる知識の覚え直しが必要な場合、その知識の提供者としてA層に登場してもらいます。もちろん最終的には誤答した生徒の戻ってくることになります。
初めから「わかる人」と聞いて、挙手しているA層の人を指名し、正解した場合に、生徒全体が分ったことにするのは、教師としての初歩的誤りです。

A層、B層、C層がそれぞれ理解しながら、しかも無駄な時間(特にA層にとって)をつくらない授業展開が可能となる。但し、一部の集団授業になじまない生徒については個別指導を中心とした指導が必要です。そのような層は学校では、クラスに複数存在するはずです。例外的ではなく一定割合で存在する以上、制度的対応が必要であす。又進度別クラス編成は、運用を工夫すれば、教師にとっても生徒にとっても好ましいものです。

(スキル8)「挙手への動機づけ」(全科)

挙手への動機づけのポイントは、第一に教師が生徒の状況を細かく把握し、「本人に身に覚えのある小さな進歩(成果)を本気でほめる」ことができるかどうかです。
第二に「授業はまちがう場」という雰囲気があること。
第三に『問題を解く主人公は生徒である』という空気があることです。実質上教師が主導して説明し、『さあ、覚えなさい』という形の授業では、生徒の基本姿勢は『与えられたものを受け入れる(おぼえる)』という受身の構えになってしまいます。
以上「問題は生徒自身が解く」という空気と「間違えてもいいんだよ」という寛容の空気、そして「その生徒なりの小さな成果を誉める」という雰囲気のあることが挙手の条件となります。
更に挙手の意義を折をみてくり返し説明し、授業ではA層にとっても意義があり、B層、C層が挙手可能な質問への工夫が求められます。

(実況中継)「挙手の意義」の生徒への説明
「いい、なるべく手を挙げるんだよ。手を挙げて指されれば、いい事ばかりだもんね。正解の場合、自分で説明すれば印象深くなるし、もし不正解なら『え、どうして』と、ぐっと緊張感が高まり、その解き方は一発で頭にはいるよ。答えらしきものが思い浮かんだら自信なくても手を挙げるんだよ。間違えてもいいんだよ。一生懸命考えて手を上げてよ。発言する人を笑う人はいないからね。僕は意地悪だから手をあげていない人をあてるからね。〈実際に半分くらいはそうしている〉」
見当違いの答えが出てきたら、途中から実質上手伝うか、または不自然でない形で他の人に当てることで笑いの起こらないように配慮する。
A層でわかっているのに手を挙げない子には、指名して答えられた際「わかっていたら手を挙げようね。自分で人にわかるように説明すると、すごく印象深くて後に残るからね。いーい?」と言って挙手を促す。手を挙げない空気も伝染するものであるから、B、C層だけではなくA層への挙手の促しも行う。
(スキル9)「生徒の叱り方、緊張感の高め方、ほぐし方」

(1)叱り方
「叱ることができると」という質の空気を作るにはいくつかの条件があります。
まず双方に義務のある文句のつけようのない約束を本気ですることです。第一に授業内容がわからないのは教師の責任である事。従って理解できない内容があれば授業外質間受付や、授業外補習を行う覚悟のある事を示す。第二に、生徒は授業に集中する義務のある事。授業中どこをやっているかわからない場合は、集中していなかったということで原則として緊張感を高めるため立ってもらう。勿論教師は立って授業を行っている。生徒は教師が義務を負わない約束は押し付けと感ずるものです。教師が自らに課題を本気で課してこそ生徒も自分達の課題を受け入れる。
しかし生徒との約束成立は始まりに過ぎない。その定着には教師の一貫した運用姿勢が必要である。約束が果たされる空気の質を作るのは教師の役割です。
実際は授業が問答法(II章)でテンポ良く行われていれば「叱る」場面はほとんどありませんが、教室でのマナー定着までは「叱る」場面もでてきます。
叱る理由は主に(イ)宿題をやってこなかった場合(ロ)授業中集中していない場合(ハ)他の生徒を傷つけたり、侮辱した場合です。
(イ) の対処。全部やっていなくても努力のあとがみえれば、励まして、宿題消化量を増やせるよう指導する。全くやってこない場合は、責める言い方はせずに「何か事情があったの。具合が悪かったとか?」と言い訳しやすい状況を作る。ここでは生徒が何か理由をいえばそれが本当ではない可能性が高くても、「じゃー仕方ないね。君のいうことは全部信じるからね。今度はがんばってやってこようね。次回からは勉強がおくれてしまうから、やってない分は授業後に残ってやっていこうね。」と言う。この対処のポイントは過去のことで生徒を追いつめないことと、これからは厳しい対処になる約束をすることである。相手の自尊心を重んじながら、宿題をやらざるを得ない状況を作ることである。
(ロ)の対処はこの章の(スキル3)の(3)を参照されたい。
(ハ)の対処。たとえばC層の人の答えが見当違いで笑いがおこった場合。「笑うのはおかしいよ。誰でも得意分野と不得意分野があるよね。そもそも授業はまちがう場だよ。全部分かっているなら授業をうける必要はないわけだ。いろいろまちがいながら理解していくのが、授業だから、まちがいを笑うのはおかしいよね。いつも言ってるように発言すれば正解でも不正解でも印象深くなって早く理解できるようになるよね。『わかりません』ではなく自分の考えつく限りの答える人は立派だし、効果も上がると思うよ。まちがいを恐れずどんどん発言できる雰囲気で授業しようね。」この話のねらいは授業運営の基準づくりである。「授業はまちがう場」という基本性格を教師と生徒で共有することが、目的である。授業の主役は教師とA層ではなく、文字通りの全員参加型にもっていくには「授業はまちがう場である」という定義が必要なのである。

(2)「緊張感の高め方、緩め方、ほめ方」
生徒は緊張すべき場面で緊張すればよいわけで、一律の緊張感を強いるべきではない。メリハリが必要です。生徒によってはそのメリハリを自分で判断できるが、大部分の子にはその判断は困難です。
緊張度を高めるには合図が必要である。「さあ、いくよ。」とか「ここがポイントだよ、よくきいて。『言え』やってもらうよ(本章(その1))などの言葉で緊張度を高める。この際のって来ない子がいる場合は、「~君、いい、よくきいてよ」と名指しして全体としての緊張を高める。大多数が集中すると張りつめた「空気、場」ができて、その「空気、場」が緊張し切れていない子にも影響を与える。
緊張しない子が一定数いたり、数は少なくても緊張を妨害する質をもった行為(たとえばおしゃべり)があった場合はこの緊張の「空気、場」が成立しない。教師はこの「空気、場」の成立なしに授業をすすめるべきではありません。
授業では緊張を緩めるべき時もある。一段落して次の課題に移るときなどは緊張を緩めなさいというシグナルを送る。「A君、オシムジャパン(プロサッカーの日本チーム)は強くなる?」『うーん』「なるよ。攻めのくみたてが今までと全く違う。サッカーは余り興味ないけどこの間テレビでオシムジャパンの試合を20分みちゃったよ。何故強くなるかは今度説明するね。じゃー次いくよ」
緊張を緩めるシグナルとして授業と関係ない話題、できれば教師が一家言もつ話題で雑談をしかけるわけである。「A君最近背が又伸びたね。それ以上伸びるとみおろされちゃうよ。困るよ。」「Bさん今日少し焼けたね。部活?」など生徒に関することでもよい。そうすると一部の生徒が雑談をしかけてくるので、まともに素早く反応して2分前後で切り上げて、次の課題に移る。

(3)「ほめるのは、身に覚えのある時に点でほめる!」
「子供はほめて育てよ」といわれる。これ自体否定しようのない命題ですが問題は「どのようにほめるか?」である。ほめる事が子供にとって意味をもつにはどのような条件が必要か。
a 「大多数の生徒が教師を『味方』と感じている『空気、場』が存在すること』
不信感をもつ教師にほめられても生徒にとって空しくひびくことは自明である。

b 「生徒を細かく観察し、生徒が自分にとっての「非日常的」努力、がんばり、成果を示した時に本気でほめる事」
これは学習面だけでなく他人への小さな思いやり(休憩中のおしゃべりに参加しそびれている子に声をかけて誘うなど)も通常行われない「非日常的」な勇気を必要とするやさしさであり見逃さずにほめるべきである。
子供が自分で「少しがんばったな」「ちょっと勇気をだしていい事したかな」と自覚できる場面で、タイミングを逃がさずにほめる事が重要である。従ってほめるのは現象としては点である。但し将来につながる、将来を規定する効果的な点(つぼ)である。
子供自身は気づいていないが、教師が目に見えるように引きだしてほめる場合もある。宿題を以前よりやってくるようになったとか、得点が平均点との差で少しづつ伸びているとか、遅刻が少なくなった事などは漸進的成果であり、生徒自身は自覚しにくい。これらはデータを示すことで根拠のあるほめ方ができ、本人に「自分って結構がんばっているな」と自覚させることができる。子供を細かく観察するには、耳目や心で観察するというだけでなく、生徒一人一人の客観的「努力データ」の蓄積に基ずく観察も必要である。

c 「ほめる事が効果を上げるには家庭(父母)をまきこむ事」
大きな努力成果のあった時は家庭にも連絡して「一緒にほめてあげてください」と連絡するべきである。家庭では親心から「もっと、もっと」と励まされている場合が多い。「もっと、もっと」という事は現状に対して「まだ、まだ」との否定的評価をしているのとほぼ同義です。外での評価(ここでは教師のほめる言葉)と内での評価(家庭でのほめる評価)が重なる時子供への影響力は大きく高まります。もっともこのような機会は一人の子に年に何回もあるわけではない。データも含めた日常の細かい観察が重要である。その際一人一人の「努力データ」としての「個人カルテ」作りが有効である。

 

小田 清